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学びの先駆者

牧野標本館 高山館長に聞く、牧野標本館のこれまでとこれから植物標本がつなぐ研究・教育・保全の現場から

牧野標本館の設立と歴史

牧野標本館は、日本の植物学の発展と標本保存に重要な役割を果たしてきた。その設立の背景や経緯、現在に至るまでの歴史的な流れを知ることで、同館の使命や価値、社会的意義がより鮮明に見えてくる。特に、牧野富太郎博士が集めた膨大な標本をどのように保存・活用してきたか、牧野標本館の移転や拡張などの変遷を通じて植物学研究にどのような影響を与えてきたかを高山浩司館長に伺っていきます。

東京都立大学 理学部生命科学科教授/牧野標本館
高山浩司 館長
陸上植物の進化や多様性、小笠原諸島固有種の進化、汎熱帯海流散布植物の系統地理学などを専門とし、牧野標本館の管理・運営を行っています。

牧野標本館 外観
牧野標本館 外観

●記者 
本日は、
牧野標本館と牧野富太郎博士について伺っていきます。よろしくお願いします。
まず牧野標本館についてですが、この標本館の設立経緯などについて教えていただけますか?

●高山館長  
牧野標本館は牧野富太郎博士が集めた40万点の標本を保存するために、1958年に東京都立大学に設立されました。その後、キャンパスが1991年に南大沢に移転し、現在の牧野標本館本館が建築され、2018年には別館が建築されました。

収蔵標本の特徴とその意義

牧野標本館にはどのような標本が収蔵されているのか、その特徴を明らかにすることは、館の独自性を理解する上で重要です。特に、牧野富太郎博士が収集した標本のほか、他館との交換標本やシーボルトの標本など、多様なコレクションがどのように蓄積されているのか、そしてそれらが日本の植物学にどのように貢献しているのかについて伺います。

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●記者  
収蔵されている標本の特徴について?

●高山館長  
牧野標本館の最大の特徴は、牧野富太郎博士が集めた標本が数多く収蔵されていることです。牧野富太郎博士は生涯にわたり40万点近い標本を収集していたのですが、約16万点の標本がここに収蔵されています。残りの24万点は主に重複標本で、他館との交換標本などに使われ、他の国内外問わず牧野富太郎博士が収集した標本が収蔵されています。

現在、牧野標本館には合計約50万点の標本が収蔵されていて、日本で5番目に大きい標本館になっています。そのほかに、牧野標本館の大きな特徴としては、牧野標本と交換で入手したシーボルトの標本があげられます。

 

シーボルトコレクションについて

シーボルト(Philipp Franz von Siebold)は、19世紀前半に来日したドイツ出身の医師・博物学者。ヴュルツブルク大学で医学を学び、23歳に長崎・出島に赴任した。約6年間の滞在中、日本の植物や動物、文化を詳細に調査・収集し、多くの標本や資料をヨーロッパにもたらした。1829年には日本を離れることになるが、1859年に再来日し1962年に帰国している。
シーボルトは特に植物学の分野で大きな業績を残し、『日本植物誌』などを出版している。

牧野標本館にあるシーボルトコレクションの標本は、オランダのライデン博物館やロシアのコマロフ研究所を経て、交換標本などを通し牧野標本館へと移された。

 

標本の科学的・社会的意義と保全活動

植物標本は単なるコレクションに留まらず、科学的な証拠としての役割や、保全活動への貢献など、社会的にも重要な意義を持っています。標本が分類学や保全活動にどのように活用されているのか、絶滅危惧種の保全や再導入の際にどのような役割を果たしているのかについて、具体的な事例を交えて伺います。

 

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●記者  
植物標本の科学的社会的な意義について改めてご説明いただけますか?

●高山館長  

植物標本は実物、すなわち生きていた植物ということになります。分類学によらず、自然科学を行う上では証拠が非常に大事になります。植物標本という実物に由来する証拠があってこそ、後の人々がそれを再検討したり、あるいは再現性をとったりすることができるわけです。植物分類学においては植物に名前を付けるということをします。植物に名前を付けるときにはタイプ標本と呼ばれる植物標本を必ず公的な標本館あるいは、標本庫に収める必要があるわけです。

タイプ標本があるからこそ、その名前の妥当性に関してその後の研究者も実物をもとに検証することができます。つまり、植物標本は分類学が自然科学の発展にしっかりと貢献できる礎となっているのです。もちろんタイプ標本にかかわらず、沢山の植物標本がきちんと整理され、標本庫に収められているということで、様々な研究に役立つわけです。これまで僕たちがした研究がどんな植物に基づいて行われたものなのかということも、植物標本が保証してくれるわけです。

また、同じ種類の植物であってもたくさん集めることで、例えば植物の花が咲く時期の変化だとか、あるいは植物の個体の多様性も調べることができます。

●記者  
やはり保全活動をする上で、実物がその場にあったという証拠は何よりも強い証拠になるわけですね。

●高山館長 
写真や文字の記録というものも重要な情報ではありますけれど、やっぱり標本という実物があると、そこに本当に植物がいたんだという非常に強い気持ちを持つことができると思います。標本というのはそういう点でも、保全活動に役立つのではないかと思います。

また、植物標本がいろいろな場所から採られていると、その植物の分布状況や生活史の情報がわかりますので、これから個体数がどうやって変化していくとか、あるいは環境の変化にどうやって植物が適応していくのか、そういったことを調べる上でもとても役立ちます。

標本のデジタル化とデータベース

近年、標本のデジタル化やデータベース化が進むことで、研究や教育、一般公開の幅が広がっています。牧野標本館ではどのような取り組みが行われているのか、現状と今後の展望、そしてデジタル化によってどのような新たな可能性が生まれるのかについて具体的に伺います。

標本を撮影するためのセット

標本を撮影するためのセット

●記者
標本のデジタル化の取り組み、現在と今後の展望をお聞かせください。

●高山館長
牧野標本館では約1,000点のタイプ標本を保有、デジタル化しwebで公開しています。また、シーボルトの集めた標本に関してもweb公開をしています。

現在、全標本のデジタル化の作業を進めていますが、まだ全体の約10%~15%ぐらいしか進んでいない状況です。将来的には全ての標本のデータベース化を進めて、広くいろいろな方に標本を活用していただくような仕組みを作っていきたいなと考えています。

研究・教育・普及活動

牧野標本館が現在力を入れている研究やプロジェクト、そして教育や普及活動について伺います。特に東京都植物誌や小笠原諸島の植物研究など、地域に根差した活動や、学生への教育、一般向けの展示やイベントなど、標本館が果たす社会的役割について具体的に知りたいと思います。

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●記者 
現在力を入れている研究やプロジェクトについて紹介します。

●高山館長
現在、東京都立大学牧野標本館では、東京都植物誌の編纂に向けて、東京都にどんな植物がいるのかということの調査を進めています。東京は大きな都市で、自然があんまりないように思われるかもしれませんけれども、奥多摩であったり、伊豆諸島、小笠原諸島といった島嶼部であったり、実は多様な植物が育成しています。

そういったところにどんな植物がいるのかということを、東京都と連携しながら、市民の方にも参加してもらいながら調査を進めているところです。また、小笠原諸島の起源に関する研究にも力を入れています。東京都立大学は父島に研究施設を持ち、牧野標本館にはたくさんの小笠原諸島の植物標本が収蔵されています。そういった長所を活かしながら、小笠原諸島の植物がどこからいつ頃来て、それで小笠原諸島の植物相がどうやって作られてきたのかということを明らかにしたいと考えています。

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●記者
一般向けの教育・普及活動にはどのようなものがありますか?

●高山館長

大学にある標本館ですので、大学の講義でも標本について身近に感じてもらえるように心がけています。野外実習では、学生自らが野外で植物標本を作るというようなことをしていますし、大学の講義の中でも植物標本がいかに重要であるかということを学生に伝えています。
また、博物館実習では、牧野標本館にある標本を活用し展示制作もしています。

●記者
2023年 NHKの朝ドラで牧野博士をモデルにした「らんまん」が放送されていましたが放送後の影響などがあれば教えてください。

●高山館長

「らんまん」を通じて、植物分類学が何をしている学問なのかということを非常に多くの方に知ってもらえたと感じています。東京都立大学のTMUギャラリーを借りて特別展を開催していますが、その際には非常にたくさんの方にご来場いただいて、私よりも牧野博士について詳しい方にお会いすることもよくあります。

絶滅危惧種の保全と標本の役割

植物標本は、絶滅危惧種の保全や再導入にも重要な役割を果たします。過去の標本が現在の保全活動にどのように活かされているか、具体的な事例を交えて、標本の社会的価値について伺います。

牧野富太郎博士が江戸川で採集したムジナモ標本

牧野富太郎博士が江戸川で採集したムジナモ標本

●記者  
つぎに標本の役割についてです。ムジナモ標本から改めてその重要性についてお答えください。

●高山館長  

「ムジナモ」の標本に関しては、牧野博士が1890年に江戸川で採集したものが当館にあります。いまその採集地の「ムジナモ」はもう生育していなくて、1960年代には日本のほとんどの場所で「ムジナモ」は絶滅してしまったと考えられています。羽生市の宝蔵寺沼では、野生復帰のための活動が続けられ、羽生市の方にも当館の牧野富太郎博士が採集した標本を見ていただく機会があり、現地で保全活動をしている人にもこの標本を見ていただくことができました。2022年には、石川県でも新たに「ムジナモ」が発見されたというニュースもありました。「ムジナモ」という植物が実際にいたということが標本でしっかりと残っているということが、保全活動や発見の大きなモチベーションの一つになっているのではないかと私は感じています。

 

●記者
今後の絶滅危惧種の保全再導入に植物標本はどのように役立つとお考えでしょうか?

●高山館長
ある植物が絶滅してしまったということは、そこの環境が昔から比べて大きく変わってしまったということなんだと思います。かつてのどのような環境がそこにあったかということを知る上でも、植物標本のデータは役立つんじゃないかなと思います。

高山館長と牧野富太郎博士の共通点・精神の継承

牧野富太郎博士は、日本の植物学に多大な貢献をしただけでなく、その探究心や植物への情熱、現地の人々や研究者との交流など、独自の精神を持って活動していました。現在、牧野標本館を率いる高山館長も、博士の精神をどのように受け継ぎ、日々の研究や教育活動、標本収集に活かしているのでしょうか。両者の共通点や、館長が大切にしている想いについて伺います。

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●記者
牧野富太郎博士の精神はどのように活かされているでしょう?

●高山館長
牧野富太郎博士は、とにかくたくさんの植物を無尽蔵に集めて標本を作製しました。私たちも普段の研究の中でたくさん標本を集めて、それを大学での教育や研究に生かしています。
またそれは未来への投資だと考えています。

●記者

 高山館長も、世界中の植物の採取・研究を行われていますが、共通しいているところはありますか?

 ●高山館長

牧野富太郎博士も日本中いろいろなところに行くときに、現地の研究者や現地の人々と交流しながら植物に対する理解を深めていったと思います。私たちも海外の地では、右も左もわからないので、まず最初に現地の研究者にコンタクトをして情報を調べ、調査が始まる前には標本館に寄らせてもらって標本の確認を行います。そこでラベル情報からどういう場所にどういう植物がいるのかというのをしっかりと把握しながら、現地の人と協力して研究を進めています。

●記者
博士の精神を未来へ伝えるために大切にしているところは?

●高山館長
牧野富太郎博士は、植物の観察を通じて、いろいろな方と交流を深めていきました。僕たちも植物標本を通じて、学生の教育だとか、研究者との共同研究、あるいは一般の市民の方との共同作業ということをこれからも広げていきたいと考えています。特に野外で植物を見て、実物を観察して、そこから面白い発見をする、そういったことの楽しさを皆さんに伝えていけたらいいなと考えています。

牧野博士が採集したバナナの標本
牧野博士が採集したバナナの標本

未来への展望とメッセージ

牧野標本館が今後目指す方向性や新たなチャレンジ、地域社会や未来世代へのメッセージについて伺います。標本の管理や保存がどのように未来の研究や保全活動につながるのか、牧野富太郎博士の精神をどのように伝え、継承していくのかについて館長の思いをお聞きしたいと思います。

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●記者
今後の展望とメッセージというところで、今後目指す方向性や新たなチャレンジは何ですか?

●高山館長
牧野標本館は大学にある標本館ですので、植物標本に根差した植物多様性の研究を進めていくことができる研究者を輩出していきたいと考えています。また、植物標本のデータバンクとしての利用価値を高めることで、世の中に貢献し続ける標本館でありたいと考えています。特に現在、個人の方が集めた標本が失われたり、散逸してしまうような危機的状況にもありますので、牧野標本館がセーフティーネットとしても働けるように、標本の受け入れ態勢を整えていきたいと考えています。

●記者
現在、牧野博士が採集し新種記載した標本が絶滅・絶滅危惧種に指定されています。これらの標本を管理、収蔵していくことにはどのような意義や意味があるとお考えでしょうか?

●高山館長

牧野富太郎博士が集めた標本の中には、絶滅危惧種だったり、あるいは絶滅してしまった植物もたくさん含まれています。ただ、牧野博士がその植物を採ったときには、まさかそれが絶滅危惧種になるかとか、絶滅するとか、そういったことはきっと思いもよらなかったんじゃないかと。牧野先生が採った標本が50年後、100年後になって、また非常に貴重なデータになっています。そういったことを考えると、現在においても植物標本というのを採り続けて、未来への研究への投資をしていかないといけないと考えています。牧野標本館では現在約50万点の標本があり、その標本の数を増やしながら、それらを確実に未来へつないでいくということが必要だと考えています。

●記者

本日は長時間のインタビューありがとうございました。

最後に

今回のインタビューを通し、牧野標本館が果たしてきた歴史的役割と、牧野富太郎博士の精神がいかに現在まで受け継がれているかを改めて実感した。高山館長は「牧野博士は、とにかくたくさんの植物を無尽蔵に集めて標本を作製しました。私たちも、その姿勢を受け継いでいます」と語り、標本の科学的価値だけでなく、「未来への研究への投資」としての意義を強調した。地域社会や学生、市民との交流を大切にし、「野外で実物を観察し、面白い発見をする楽しさを伝えていきたい」と教育者としての情熱も示されていた。膨大な標本の管理やデジタル化など新たな挑戦にも意欲的に取り組む牧野標本館の姿勢から、日本の植物学と自然保護の未来がここから確実に切り拓かれていくことを強く確信した。


参考リンク 
東京都立大学 牧野標本館公式サイト  
https://www.makino.tmu.ac.jp/
NPO法人 野生生物調査協・NPO法人 Envision環境保全事務所
日本のレッドデータ検索システム
https://jpnrdb.com/index.html 

取材協力:東京都立大学 牧野標本館

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