植物標本は、自然環境や生物多様性を記録・保存し、科学的な研究や教育、環境保全など多岐にわたる分野で重要な役割を果たしています。標本として残された植物は、長い年月を経てもその姿や情報を後世に伝えることができ、研究者だけでなく一般の人々にも自然の奥深さや美しさを伝える貴重な資料となります。東京都八王子市南大沢にある東京都立大学牧野標本館では、日々多様な植物標本の収集・保管・研究が行われています。
「植物標本作成は一見難しそうに思われがちですが、基本的な流れを押さえ、丁寧な作業を重ねることで、誰でも美しい標本を作ることができます。」
とお話いただく牧野標本館・高山浩司館長に牧野標本館で行われている植物標本の作り方をお聞きしてきます。
標本作りの過程は「採取」「乾燥」「台紙に貼る」「保存」の4つの大きなステップに分かれ、それぞれの工程には独自の工夫や注意点があり、正しい手順を守ることで100年以上も保存可能な標本を作ることができます。
本記事では、牧野標本館で実際に行われている標本作りの流れを紹介しながら、作業のポイントやコツ、注意すべき点などを詳しく解説していきます。標本作りは、単なる作業としてだけでなく、自然への理解を深め、身近な植物を新しい視点から楽しむきっかけにもなります。ぜひ、これを機会に植物標本作りを体験してみてはいかがでしょうか。自分で採集した植物が標本となり、長く残ることで、自然との関わり方や観察力も豊かになるはずです。
植物標本ができるまでのステップ解説
植物標本を作成し保存することには、科学的・教育的な意義が数多くあります。まず、標本は植物の形態や生育環境を記録する「証拠」として機能し、分類や進化、分布の研究に不可欠。例えば、100年前に採集された標本から、現在その地域に生息しなくなった植物の存在を確認できることもあります。標本はまた、絶滅危惧種の保護や外来種の侵入状況など、環境変化を追跡するデータとして利用されています。
牧野標本館には多くのタイプ標本は収蔵されています
教育の面でも、標本は生きた教材。実物に触れることで植物の構造や特徴を具体的に学ぶことができ、観察力や探究心を育てることができます。さらに、標本作りの過程で自然への関心や、採集マナー・環境保全の意識も高まります。自分で採集し、乾燥させ、台紙に貼り付けて保存するという一連の作業は、自然とのつながりを実感できる貴重な体験にもなります。
このように、植物標本の作成と保存は、個人の学びや研究だけでなく、社会全体の自然理解や環境保護にも大きく貢献しています。
注釈
標本の作り方にはさまざまな方法がありますが、今回は取材の都合上、ポイントを絞ってご紹介します。野外での採集や標本作りの際は、安全性に配慮して作業を行ってください。
作業手順
作業のポイント
植物採集は標本作りの第一歩。採集の際は、植物が生育している環境や特徴をよく観察し、記録することが大切です。特に花や果実が付いている部分を選ぶと、後の同定や研究に役立ちます。採集には剪定バサミや根掘り、ビニール袋、ノートなどの道具を用意し、採集した植物がしおれないよう素早く対応することが重要です。
1-1.必要な道具(剪定バサミ、根掘り、ビニール袋、ノート)を準備
ノート(野帳)
採集した植物を入れるビニール袋
剪定バサミ
根掘り
1-2.採集場所を選び、周囲の環境や他の植物との関係を観察
採集する植物の環境をよく見る
1-3.標本にしたい植物を選び、花や果実が付いている部位を中心に採集
特徴が分かるような部分も含めて採集
1-4.採集した植物はビニール袋に入れ、しおれを防ぎます。
採集した標本はビニール袋に入れて移動
1-5.ノートに採集場所、日時、生育環境、気づいたことなどを記録
◆注意点
採集は自然環境や他の生物への配慮が必要です。希少種や保護種は採集しない、採集後の環境を元に戻すなど、マナーを守りましょう。また、採集した植物がしおれたり、傷んだりしないよう、できるだけ早く次の工程に進めることがポイントです。採集時の記録は後の標本整理や研究に不可欠なので、丁寧にメモを取りましょう。
◆ポイント!
採集は植物標本作成の基盤となる工程です。正しい方法とマナーを守って採集することで、質の高い標本を作り、自然を保ちながら貴重な記録を残すことができます。
作業のポイント
採集した植物は、しおれやすく傷みやすいため、迅速に乾燥作業に移ることが重要です。乾燥は、植物の形をできるだけ保ちつつ、長期保存に適した状態にするための工程です。新聞紙や吸水紙に挟み、重しやプレスする板などを使って通気をよく乾燥させます。
作業手順
2-1.日付や採集番号など、必要な情報を新聞紙に記入しておきます。
2-2.情報を失わないように台紙に収まるように整え、必要に応じて切り揃えます。
完成した標本が見やすくなるよう整理
2-3.採集した植物は新聞紙・吸水紙などに挟み仮乾燥させる
吸水紙がない場合はさらに新聞紙を挟む
2-4.重しを使って最低1日~2日仮押しをおこないます。
均等に重さをかける
今回は4日仮押したものを事前に準備した
2-5.仮乾燥後、植物の状態を確認し葉の重なりや裏も見えるように調整を行う
仮押しの状態では乾燥が十分ではない
2-6.再度仮押しを1日程度行う
重しをのせて乾燥を進める
2-7.本乾燥を行う前に標本を挟んだ新聞紙と段ボール紙を交互に重ねる
標本を挟んだ新聞紙
新聞紙と段ボール紙を交互に重ね通気をよくし、標本をプレス板で挟み本乾燥へ
2-8.本乾燥を農業用オーブン(60℃)で2日ほどおこなう。
オーブンがない環境では毎日新聞紙を交換し行う
乾燥させた標本はしならず形が崩れない
2-9.標本を作った後ビニール袋にいれ最低3日間冷凍庫に入れる。
虫の卵や、カビを死滅させるために-20℃の標本冷凍庫にいれる
◆注意点
乾燥が不十分だと、後でカビが生えたり、標本が壊れやすくなります。逆に、乾燥しすぎるとパリパリになり、扱いが難しくなることもあるため、適度な乾燥を心がけましょう。標本が完全に乾燥したかどうかは、持ったときの感触や柔らかさで判断します。また、乾燥後は冷凍庫で1週間ほど保管し、虫やカビの予防を行うことも大切です。
◆ポイント
乾燥作業は標本の美しさと保存性を左右する重要な工程です。丁寧な作業と適切な管理によって、長期保存に耐える質の高い標本を作ることができます。
作業のポイント
乾燥した植物は、台紙に貼ることで標本として完成します。台紙は厚紙や専用の標本用紙を使用し、標本の形や情報が見やすいようにレイアウトします。ラベルには採集者、採集場所、採集日、植物名などの情報を記入し、標本とともに貼り付けます。
作業手順
3-1.乾燥した標本とラベルを準備します。
事前にラベルと台紙を準備しておく
3-2.標本のレイアウトを決めラベルを貼っていく。
標本が隠れない様ラベルを配置する
3-3.台紙の上に標本を置き、向きや配置を決めます。葉や花が見えやすいように工夫します。
3-4.標本はラミントンテープや紙テープなどで固定します。
3-5.標本が台紙の上で動かないよう糸でしっかりと固定します。
太い茎や重い部分は糸で縛る
◆注意点
テープや糸の使い方が不適切だと、標本が壊れたり、情報が見えなくなってしまいます。標本はできるだけ見やすく、情報が失われないように貼り付けることがポイントです。ラベルには必ず「採集者」「採集場所」「採集日」の3つの情報を記入し、植物名は分からなくても後で専門家が同定できるようにしておきましょう。
◆まとめ
台紙への貼り付け作業は、標本作りの仕上げです。見やすく、壊れにくい標本を作ることで、長期間にわたり価値のある資料として保存できます。
作業のポイント
台紙に貼り付けた標本は、適切な保存環境で管理することで、長期間にわたりその価値を維持できます。保存は単なる保管ではなく、虫やカビの発生を防ぎ、標本が壊れたり劣化したりしないようにするための工夫が必要です。
東京都立大学 理学部生命科学科 教授 / 牧野標本館 高山浩司 館長
植物標本づくりは、野外での採集から乾燥、台紙への貼付、保存まで、丁寧な工程を経て完成することを学びました。今回の説明を通じて、標本作りには多くの工夫や技術が必要であり、ラベルや保存方法にも細やかな配慮がなされていることが分かるはず。標本は単なる植物の記録ではなく、採集した環境や時代の情報も含めて、未来の研究や教育に役立つ物だと知ることができました。ぜひ多くの方に植物観察の魅力と標本作りの楽しさを知っていただければと思います。
参考リンク
取材協力:東京都立大学 牧野標本館
東京都立大学 牧野標本館公式サイト
https://www.makino.tmu.ac.jp/
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