山階芳麿博士の日記から
千葉県我孫子市に位置する山階鳥類研究所は、日本最大の鳥類標本・図書を擁し、90年以上にわたり日本の鳥類学研究を牽引してきた。創設者・山階芳麿博士の情熱を受け継ぎ、絶滅危惧種アホウドリの保全から、膨大な標本データの活用、そして未来へ向けた研究基盤の構築まで、その多岐にわたる活動を、同研究所の小林さやか研究員への取材を通じて、山階鳥類研究所の多岐にわたる活動の歴史、現在、そして未来への挑戦を紹介する。
詳細は後述のコーナーで紹介するが、山階鳥類研究所は、日本国内でもっとも多くの鳥類標本と鳥類に関する図書を所蔵する機関として知られている。
鳥類学の拠点として基礎的な調査・研究を行うとともに、環境省の委託を受けて鳥類標識調査を実施している。
また、研究論文を掲載する学術雑誌「山階鳥類学雑誌」(年2回)や賛助会員向けニュースレターを通じて成果を発信し、希少種の保全から教育機関が保有する標本の実態把握、標本情報の精緻な復元まで、研究と社会的連携を両輪に活動を展開。鳥類学の普及啓発活動を行い、鳥類研究の情報発信の拠点ともなっている。
●山階鳥類研究所と山階芳麿博士の年表
【山階鳥類研究所 年表】
| 年(西暦) | 年(和暦) | 出来事 | 補足 |
|---|---|---|---|
| 1932年 | 昭和7年 | 東京都渋谷区南平台に山階家鳥類標本館完成 | 鳥類標本16,000点 その他鳥卵・獣類・蝶類等標本 |
| 1942年 | 昭和17年 | 文部大臣から設立が許可され財団法人山階鳥類研究所となる | |
| 1961年 | 昭和36年 | 農林省から鳥類標識業務を委託される | |
| 1972年 | 昭和47年 | 環境庁より鳥類標識業務を委託される | |
| 1981年 | 昭和56年 | ヤンバルクイナを沖縄島で発見 新種として発表 | |
| 1984年 | 昭和59年 | 渋谷区の土地、建物を売却し千葉県我孫子市に移転 | 蔵書18,000点 鳥類標本59,000点 獣類等標本類7,400点 |
| 1989年 | 平成元年 | 山階芳麿理事長没 88歳 | |
| 1991年 | 平成3年 | アホウドリの本格的な保護活動開始 | |
| 2012年 | 平成24年 | 公益財団法人山階鳥類研究所となる | |
| 2021年 | 令和3年 |
標本80,000点 図書・資料70,000点 組織サンプル・DNAなど20,000件 標識データ610万件 |
【山階芳麿博士 年表】
| 年(西暦) | 年(和暦) | 出来事 | 補足 |
|---|---|---|---|
| 1900年 | 明治33年7月5日 | 山階宮菊麿王の第二子として出生 | 幼少より鳥に強い関心 |
| 1932年 | 昭和7年 | 山階家鳥類標本館を設立 | 山階鳥類研究所の前身/標本収集を本格化 |
| 1933年 | 昭和8年 | 著書「日本の鳥類と其生態」第1巻 刊行 | 国内鳥類学の基礎資料 |
| 1939年~ | 昭和14年ごろ~ | 北海道帝国大学 小熊捍教授の指導で「鳥類雑種の不妊性」研究 | 実験・解析を継続 |
| 1941年 | 昭和16年 | 同 第2巻 刊行 | 長期にわたる調査成果 |
| 1942年 | 昭和17年 | 理学博士号(北大)取得 | 学位論文「鳥類雑種の不妊性に関する研究」 |
| 1949年 | 昭和24年 | 著書「細胞学に基づく動物の分類」を刊行 | 染色体学に基づく分類学の普及に寄与 |
| 1950年 | 昭和25年 | 日本遺伝学会賞 受賞 | 細胞・遺伝学的アプローチの先駆的業績 |
| 1930年代~ | 昭和期通じて | 鳥類保護団体の要職歴任 | 日本鳥学会会頭、日本鳥類保護連盟会長、国際鳥類保護会議副会長・アジア部会長 など |
| 1977年 | 昭和52年 | ジャン・デラクール賞 受賞 | 「鳥学界のノーベル賞」とされる国際賞 |
| 1978年 | 昭和53年 | オランダ王室 第1級ゴールデンアーク勲章 授与 | 世界の生物保護への功績 |
| 1986年以降 | 昭和61年以降 | 「世界鳥類和名辞典」刊行 | 全世界の鳥類に和名を付与(1986年刊) |
| 1989年 | 平成元年1月28日 | 逝去(享年88) | 鳥類学・保全に多大な功績 |
参考サイト:
山階鳥類研究所概要 (出典)
https://www.yamashina.or.jp/hp/gaiyo/kenkyuusyo.html
山階芳麿 – Wikipedia(日本語版)(出典)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E9%9A%8E%E8%8A%B3%E9%BA%BF
ここからは、山階鳥類研究所の理念や取り組みについて少し詳しく述べていく。
●ステンドグラスに刻まれた三種のカワセミへの思い
玄関を入り左奥の通路の先に、ステンドグラスが飾られている。これは、山階鳥類標本館設立当時(1932年)玄関に飾られていたものだ。左から旧北区(ユーラシア大陸北部の温帯域)のアカショウビン、東洋区(インド〜東南アジアの熱帯域)のヤマショウビン、豪州区(オーストラリアやその周辺地域)のシロガシラショウビンで、広くアジアや太平洋の島々の鳥類を研究する目標を表徴したものだ。「山階鳥類学雑誌」の表紙や、「山階鳥研ニュース」の題字にも使われており、山階鳥類研究所のシンボルマークともなっている。
左:アカショウビン 中:ヤマショウビン 右:シロガシラショウビン
※注釈1
「動物地理学では、世界をいくつかの生物地理区に分ける。そのうち、旧北区はユーラシア大陸北部の温帯域、東洋区はインド〜東南アジアの熱帯域、豪州区はオーストラリア周辺の独自の生物相をもつ地域として分類される。」
●90年以上にわたる一次資料の蓄積と研究
山階鳥類研究所は、日本の鳥類学研究を牽引する機関として、90年以上にわたり標本とデータの蓄積・公開を続けてきた。創設者・山階芳麿博士が1932年に私設標本館を設立したことに始まり、1942年には財団法人化を果たし、民間から公的な研究拠点へと発展した。
戦後、博士は戦火によって邸宅を失うも、標本館の維持を最優先し、敷地を売却してまで標本と図書の保全に努めた。その姿勢は「標本は未来の検証に資する資産である」という理念に結実し、研究所の根幹をなしている。
1984年、施設の老朽化と手狭さを受けて我孫子市に移転し、収蔵スペースと研究環境が拡充された。
現在は全国規模の鳥類標識調査や海鳥保全など、広域的な研究活動を展開している。標本や図書の保存・データ公開を柱に、長期的な資料継承にも力を入れている。学術誌の定期刊行や賛助会員向けの情報発信を通じて、研究成果や保全活動の進捗を社会に広く共有。標本の保存・活用・公開という三側面を整備し、研究資源の社会的価値を高めている。山階鳥類研究所は、標本・図書・鳥類標識データの三位一体で鳥類研究の基盤を構築し、日本の生物多様性保全にも不可欠な役割を担っている。
ここからは、山階鳥類研究所が取り組んできた希少鳥類の保全活動について解説していく。
同研究所では、アホウドリの保全活動を「絶滅宣言から70年、完全復活に向けた挑戦」をスローガンに、多くのサポータとともに活動を行っている。
かつては数百万羽がいたとされているが、羽毛布団などの材料として乱獲され、1949年の調査では「絶滅した可能性が高い」と報告された。しかし1951年に伊豆諸島鳥島で少数個体が再発見されてから、関係者のたゆまぬ保全活動が始まった。山階鳥類研究所は1991年から本格的にアホウドリの保全活動に取り組み、絶滅危惧種(II類)からの脱却まであと一歩のところまで来ている。
伊豆諸島鳥島の模型
参考サイト:
山階鳥類研究所 マンスリーサポータ―
https://www.yamashina.or.jp/albatross/kifu.html
●デコイを使った繁殖地の誘導
研究所はアホウドリの健全な繁殖地形成を目的に、実物大のデコイ(首上げ・首すぼめなど複数姿勢)を用いて、急峻な崖から緩斜面へ繁殖地を誘導し、コロニー形成に成功。回復の状況は後述の通りだが、鳥島と小笠原諸島の聟島(むこじま)で標識調査やモニタリング、繁殖地の整備などの保全活動を毎年実施している。
その成果として、鳥島では個体数が増加し、聟島でも新たな繁殖が始まり、最新の調査では、2024年11月および2025年2〜3月に鳥島で現地調査を実施し、1,337羽のヒナを確認。現在の推定個体数は約9,500羽(注1)に達しており、順調な回復傾向が続いている。
注1
参考サイト:
“アホウドリアホウドリ 復活への展望アホウドリ最新ニュース 2025年7月28日掲載“
https://www.yamashina.or.jp/hp/yomimono/albatross/albatross_news/2025ahou_hanshoku.html#chu1
(山階鳥類研究所 HP )
●直面する課題
しかし、公的予算の縮小傾向により、現地調査の頻度や規模の維持が難しくなっている現状にも直面している。鳥島は火山島であり、噴火によるリスクが常に存在する。聟島では繁殖つがいの数が少なく、安定した個体群形成には至っていない。両島で孵化したヒナすべてに足環を装着し、個体識別を行う作業は、保全活動の根幹であり、毎年欠かせない重要な役割を担っている。
また、アホウドリは年に一度しか産卵せず、産卵数も少ないため、個体数の増加には長期的な取り組みが不可欠だ。聟島では移送・飼育したヒナが巣立ち、帰還するまでに3年、野生個体との繁殖成功まで8年を要し、ようやく昨年、次世代のヒナが誕生した。安定的な繁殖を複数のつがいで実現しない限り、個体群の増加にはつながらない。
さらに、最近の研究では、従来1種とされてきたアホウドリが、鳥島と尖閣諸島で繁殖する集団を別種とすべきという分類学的成果も報告されている。これにより、今後は各集団を維持するための保全策が求められている。
過去半世紀にわたり、すべてのヒナへの足環装着を続けてきたことが、こうした新たな知見をもたらした。
なお、尖閣諸島での調査は政治的理由で困難だが、標識調査やモニタリングの継続が今後の研究に不可欠である。
●アホウドリの完全復活に向けて
現在、山階鳥類研究所では、資金不足を補うためマンスリーサポーター(500円/月)を募集をしている。2,000口の支援が集まれば、鳥島では年1回、聟島では年3回の調査が可能となり、ヒナへの足環装着や個体数のモニタリング、聟島でのデコイによる誘引など、保全活動の継続が実現する。研究所は公式ウェブサイトでアホウドリの最新情報や保全活動の進捗を発信し、広く社会に協力を呼びかけている。
アホウドリマンスリーサポーターへはwebから可能です
保全活動は資金面でも困難が伴い、支援者を募るなど社会との連携を図り希少種保護の意義については。
●小林研究員:
「山階鳥類研究所では希少鳥類の、アホウドリやヤンバルクイナの保護活動に取り組んでいます。アホウドリの研究、保護活動には、実際にデコイを運び無人島での調査になります。そのためには資金が必要です。(山階鳥類研究所では)アホウドリマンスリーサポーターを募集しています。ホームページから支援いただけます」
と参加を呼び掛けている。
参考サイト:
アホウドリ 復活への展望アホウドリ最新ニュース
https://www.yamashina.or.jp/hp/yomimono/albatross/albatross_news/2025ahou_hanshoku.html#chu1
(山階鳥研NEWS 2023年11月号より)
アホウドリマンスリーサポーター
https://www.yamashina.or.jp/albatross/kifu.html
国内最大の鳥類標本を擁する山階鳥類研究所では、同研究所の標本データベースと図書コレクションが整備され、インターネットを通じ誰でも閲覧できるようになっている。これらの標本は、山階鳥類研究所の公式ウェブサイトからアクセス可能だ。
公開されている標本データは、山階鳥類研究所と隣接する我孫子市鳥の博物館のものを合わせて、合計82,310点(2025年3月15日現在)にのぼる。その内訳は、山階鳥類研究所の鳥類標本が78,685点、哺乳類標本が1,442点、鳥の博物館の鳥類標本が2,183点となっている。
所蔵する鳥類標本は、世界の鳥類全科192科のうち147科(約76.6%)、全属2,080属のうち1,372属(約66%)、全種9,025種のうち4,294種(約47.6%)を網羅しており、国内外でも有数の規模と内容を誇る。
収蔵形態は剥製、骨格、卵、巣、液浸と多岐にわたり、ラベル情報の読み取りと公開によって、産地・年代・採集者に基づく比較研究や過去生態の復元も実務レベルで進行中だ。
参考サイト:
山階鳥類研究所・我孫子市鳥の博物館 データベース(出典)
https://decochan.net/
関連記事:
明治期の標本情報復元について
https://www.hyouhon.jp/yamasina1/
● 特筆される図書コレクション
図書関連では、創設者・山階芳麿の収集文献を核に、鷹司信輔・黒田長禮などの鳥類学者、一般や機関からの寄贈、交換や購入で継続的に拡充している。なかでも19~20世紀初頭の石版・銅版手彩色の鳥類図譜約100点は、博物学史・美術・製本技術を研究する観点からも価値が高い。
資料保管庫は閉架式ながら、研究者の要望に応じて可能な限り利用に配慮しており、標本・図書・地域博物館を横断した連携が、長期的な研究基盤の厚みを増している。
これらの図書コレクションを消失させることなく次代に引き継いでゆくことも、山階鳥類研究所の責務の一つとなっている。
所蔵標本の中から、山階芳麿博士にゆかりの標本など6点を紹介していく。山階鳥類研究所の所蔵標本は、普通種から希少種まで幅広く収集している。
●産地別に整理される「仮剥製」
山階鳥類研究所には、「仮剥製」という状態の標本が多く所蔵されている。これは「研究用剥製」とも呼ばれ、比較的コンパクトに収めることが出来る。種ごとに分けられた「仮剥製」はさらに産地ごとに分けて保管されている。例えば、「本州」「四国」「伊豆諸島」というように。こうすることで、同種内の産地による形態の違いを観察するのが便利だし、分類研究が進み、2種や3種に分けられた時にも整理し直さなくても対応できる。
●明治期の手賀沼で採集されたコウノトリ
このコウノトリの仮剥製は、山階鳥類研究所から近い千葉県の手賀沼で、明治時代に採集されたものだ。現在、手賀沼にコウノトリは飛来しないが、明治時代には飛来していたという証拠となる貴重な標本だ。
手賀沼で採集されたコウノトリの仮剥製
●様々な経緯で所蔵される標本
この棚には、リュウキュウアカショウビンの仮剥製が収められている。これらは近年、建物にぶつかるなどして命を落としてしまった鳥で、標本にして活用されている。 このように、所蔵に至る経緯も様々だ。
リュウキュウアカショウビン
●山階芳麿博士が中学時代に採集したミゾゴイ
このミゾゴイの剥製は、大正5年(1916年)に東京麹町の山階宮邸で、山階芳麿博士が中学2年生の時に採集したものだ。見慣れない鳥が庭にいたので鉄砲で撃ち落とし、手に入れたばかりの図鑑で半日かけて調べ、ついに「ミゾゴイ」と同定した。少年時代の山階博士の飽くなき
ミゾゴイ
●山階博士らが新種記載のヤンバルクイナ
ヤンバルクイナは、1981年に研究所の研究員らが捕獲に成功し、山階芳麿博士と研究員の真野徹氏によって新種として記載された。
新種を発表する際にその根拠として用いられる標本は「タイプ標本」と呼ばれ、学術上非常に重要なものだ。ヤンバルクイナのタイプ標本も、山階鳥類研究所で大切に保存されている。※写真はタイプ標本ではありません
ヤンバルクイナ本剥製標本
●「謎の鳥」ミヤコショウビン
ミヤコショウビンは世界中でこの1点しか標本が確認されておらず、野外での観察記録もない。
この標本は残念ながら、嘴の「さや」が失われているため、本来の嘴の色がわからない。 グアム島などに生息するズアカショウビンに酷似していることから、ミヤコショウビンはズアカショウビンの亜種ではないかという説もあり、謎に包まれている。
●絶滅鳥カンムリツクシガモ
このカンムリツクシガモの剥製は、山階芳麿博士と同世代の鳥類学者である黒田長禮博士が、韓国の釜山の剥製店で発見したものだ。
山階鳥類研究所には雄雌1体ずつが所蔵されているが、世界に現存する標本はわずか3点しかなく、そのうちの1点(第1標本)はコペンハーゲンの博物館に所蔵されている。
黒田博士がこの雄雌の標本を発見するまで、第1標本は雑種とされていた。しかし黒田博士は新種としてカンムリツクシガモを記載し、雑種ではないことを証明した。その際、雌の標本をタイプ標本とした。カンムリツクシガモは絶滅したとされるため、この2点は非常に貴重な標本だ。
これらの標本は、山階鳥類研究所のウェブサイト「標本データベース」からも見ることが出来る。
その進展は、比較研究・再記載・種同定の基盤として機能している。
参考サイト:
山階鳥類研究所・我孫子市鳥の博物館 標本データベース
https://decochan.net/
今回の取材を通して、山階鳥類研究所が90年以上にわたり築き上げてきた『信頼』と『継続』の重みを強く実感した。
山階芳麿博士の情熱から始まった鳥類研究は、多くの人々の地道な努力と支援によって、鳥たちの未来を守る確かな力となっている。 アホウドリの奇跡的な回復は、その象徴であり、標本管理から保全活動、そして情報発信に至るまで、研究所の活動は日本の生物多様性保全に不可欠な役割を担っている。
保管庫は閉架で静かだが、その膨大な情報は常に外に開かれている。
絶滅危惧種の保全と標本のアーカイブを束ねた「長期的な蓄積」は、今日の研究のためだけでなく、未来の誰かが鳥の歴史を読み解くための道しるべでもある。
山階鳥類研究所は、これからも鳥たちの声に耳を傾け、その歴史と未来を紡ぎ、信頼という土台の上で、証拠のネットワークは静かではあるが、しかし確実に継承され広がっているとを実感した。
取材協力:
公益財団法人 山階鳥類研究所
https://www.yamashina.or.jp/
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【標本ナビ】鳥類 保存・保全の拠点 山階鳥類研究所のいま 標本の魅力発見
https://www.youtube.com/watch?v=MDP1B3N_pAk
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