「時をめぐる標本」が解き明かす 魚類標本の来歴と自然史研究の最前線
国立科学博物館 動物研究部 中江雅典研究主幹インタビュー
はじめに
この標本は、いつ、どこで採集され、どのように現在まで受け継がれてきたのか。
国立科学博物館には、明治から大正期にかけて集められた数多くの魚類標本と、その記録資料が残されている。標本には、生物の姿だけでなく、過去の生物相、自然環境、そして研究と博物館の歴史が刻まれている。
標本は、単に生物を保存したものではない。採集された日付、場所、採集者、保管されてきた機関、移管の経緯といった情報と結びつくことで、過去の自然を読み解くための重要な資料となる。
今回、標本ナビでは、魚類標本の来歴研究に取り組む国立科学博物館 動物研究部の中江雅典研究主幹に魚類標本の来歴と自然史研究について話を伺った。
中江研究主幹は、魚類の系統分類学や解剖学を専門としながら、博物館に残る古い魚類標本と、台帳、ラベル、目録、移管記録などを照合し、標本がたどってきた履歴を明らかにする研究に取り組んでいる。
明治時代の琵琶湖で採集された魚類標本、東京帝室博物館に由来する天産部別品目録、130年前のシロヒレタビラ標本に残された生態系の手がかり。これらの資料から見えてくるのは、標本が時間を越えて自然史を語り続ける存在であるということだ。
時をめぐる標本が解き明かす、知られざる自然史研究の世界をたどっていく。
この記事で分かること
・国立科学博物館の魚類標本コレクションの歴史
・標本の来歴研究とは何か
・自然史標本が持つ本質的な価値
・帝室博物館天産部別品目録が果たす役割
・石川千代松の琵琶湖魚類標本コレクションの意義
・シロヒレタビラ標本から分かる過去の生態系
・標本を残し、守り、未来へ引き継ぐ意味
第1章 国立科学博物館の魚類標本コレクション
国立科学博物館の魚類コレクションは、1877年の教育博物館創設とともに始まった。当初は約200点の標本から出発し、その後、標本の譲渡、関東大震災による被害、機関の移管や再編を経ながら、現在まで受け継がれてきた。
戦後、研究体制が整備されると、魚類研究は本格化する。1971年には、資源科学研究所の膨大な淡水魚類コレクションが加わり、さらに国内外での調査や研究機関との協力によって、コレクションは大きく拡充していった。
現在、その数は約8000種、約150万個体以上におよぶ。100年以上の歴史を持つ、世界的にも重要な魚類コレクションである。
その価値は、標本そのものだけにあるのではない。それぞれの標本が、どこで採集され、どのような経緯で保管され、どのように現在まで受け継がれてきたのか。その来歴にも、大きな意味がある。


こうした魚類標本の来歴を、記録資料と照らし合わせながら読み解いているのが、国立科学博物館 動物研究部の中江雅典研究主幹である。
まず、中江雅典研究主幹のご専門について教えてください。
中江雅典研究主幹:専門としては魚類の系統分類をベースとして、特に解剖学、その中でも魚類の側線というものを研究しています。また、博物館の仕事として、国内外の魚類相の研究も行っています。
──魚類の分類や解剖を専門とする中江研究主幹は、現在、博物館に残る古い標本資料の来歴にも注目している。標本を調べることは、魚そのものを知るだけでなく、その標本がどのように集められ、守られ、引き継がれてきたのかを知ることでもある。

第2章 標本の来歴研究とは何か
自然史標本には、必ず履歴がある。いつ、どこで、誰が、どのように採集したのか。どの機関で保管され、どのような経緯で現在の博物館へと受け継がれたのか。
そうした来歴をたどることで、標本は単なる保存物ではなく、自然史そのものを伝える資料として新たな意味を持ち始める。
中江研究主幹が、標本そのものだけでなく、その背後に残された記録資料に注目するようになった背景には、琵琶湖博物館との共同研究と、学習院に残されていた古い標本の調査がある。
自然史標本の来歴をたどる研究に関心を持たれたきっかけを教えてください。
中江雅典研究主幹:もともと私は標本を管理する立場で、古い標本も触っていたのですが、直接的なきっかけは、2022年に琵琶湖博物館の研究者の方と共同研究をしたことです。
その時に、100年ぐらい前の明治の頃の琵琶湖の魚類相を明らかにするために、標本を用いようと研究を始めたのがきっかけです。
明治中期の魚類相に関する論文川瀬成吾・中江雅典・篠原現人(2022)石川千代松が収集した魚類標本から見る明治中期の琵琶湖の魚類相.Ichthyological Research 70(2): 147–159. https://www.jstage.jst.go.jp/article/jji/70/2/70_22-028/_article/-char/ja (閲覧日: 2026-05-28)
2022年、琵琶湖博物館と協力して石川千代松が収集した魚類標本を調査し、明治中期の琵琶湖の魚類相を復元した論文を発表。33種の魚類を確認し、保全上重要な種の分布を明らかにしている。
魚類標本そのものだけでなく、台帳やラベル、目録といった記録資料に注目するようになった背景は何でしょうか。
中江雅典研究主幹:同じ時期に、学習院の学生の方から、学習院に少し古い標本があるので一緒に調べてくれないかという話がありました。それをきっかけに、東京帝室博物館の天産標本の来歴を調べたこともあります。
学習院コレクションに関する論文渡邊明仁・中江雅典(2024)学習院高等科・学習院中等科のコレクションから発見された日本最古の魚類剥製を含む東京帝室博物館旧蔵の魚類標本群.タクサ,57: 18–27. https://doi.org/10.19004/taxa.57.0_18
2024年、学習院高等科・中等科で見つかった東京帝室博物館旧蔵の魚類標本群を調査し、日本最古の魚類剥製を含む16種を同定した論文を発表されている。
── 琵琶湖の魚類相を明らかにする研究と、学習院に残されていた古い標本の調査。ふたつのきっかけが重なったことで、中江研究主幹は標本の来歴により深く向き合うようになった。
標本を調べるためには、標本そのものを見るだけでは十分ではない。標本に添えられたラベル、博物館に残る台帳、移管に関する記録、古い目録。そうした記録資料をたどることで、標本が歩んできた時間の流れが見えてくる。
この研究は、魚類学、博物館学、資料研究の中で、どのような位置づけにあるとお考えでしょうか。
中江雅典研究主幹:この研究は、この3つの分野をそれぞれ包括するような分野だと思っています。
例えば、昔の明治時代の琵琶湖の魚類相を明らかにするという点では魚類学が関わってきますし、日本の博物史、特に初期の頃の博物館の資料を扱うという点では博物館学に関わります。
さらに、それを追うためには台帳や列品目録を見る必要がありますので、標本や資料に関わる研究でもあります。
つまり、この3つの分野をまたぐことによって、標本やその背景にある新しい価値に光を当てる分野だと思っています。
── 標本は、単独で存在しているわけではない。採集された自然環境があり、それを集めた人がいて、保管した機関があり、記録を残した人がいる。来歴研究は、そうした複数の要素をつなぎ合わせることで、標本に新たな価値を与えていく。

第3章 自然史標本が持つ本質的な価値
標本と聞くと、展示室に並ぶ剥製や、理科室に置かれた教材を思い浮かべる人も多いかもしれない。
しかし自然史標本の価値は、展示や教育だけにとどまらない。標本は、ある時点の自然のありようを保存した証拠であり、過去の自然環境を未来に伝えるタイムカプセルのような存在である。
特に重要なのは、「いつ、どこに、何がいたのか」という情報である。この情報があることで、標本は過去の生物相や環境を読み解く研究資料となる。
自然史標本の本質的な価値は、どこにあるとお考えでしょうか。
中江雅典研究主幹:繰り返しになりますが、標本と聞くと、多くの方は展示用、もしくは理科の教室にあるようなものを想像して、教育だけに使うもの、あるいは博物館の職員や大学の研究者が自分の研究に使うものという面が前面に出てくるかもしれません。
でも実際の自然史標本というのは、ある時点の自然のありようを捉えた証拠、もしくはタイムカプセルのようなものだと思っています。
自然史標本は、たくさんあればあるほど価値があります。そこには標本が採られた日のその場所にどんな種がいたかの情報になります。
つまり、いつ、どこに、何がいたかを切り取って保存するという意味で、自然史標本の本質的な価値があると思っています。

標本が、ものとしての存在であると同時に、過去の自然史を読み解く研究資料であるとは、どのようなことを指すのでしょうか。
中江雅典研究主幹:ある標本(ある種)がその時代にそこにいたというだけでも、当時の自然環境を推測することができます。また、一緒にどのような動物や植物が採れているかも、標本を集めることでわかります。
さらに魚類の場合、胃内容物を見ることで、その魚が何を食べていたかがわかります。そこから、その魚の個体が生きていた当時の周囲の環境も推測できます。
その点で、自然史標本は当時の自然を明らかにできるものだと思っています。
──自然史標本は、過去の自然をそのまま保存しているわけではない。しかし、標本に残された情報を読み解くことで、当時の環境や生態系の一端に近づくことができる。
標本は、過去の自然を知るための入口なのである。


第4章 ラベルと台帳が、標本の価値をよみがえらせる
自然史標本にとって重要なのは、標本そのものだけではない。
たとえば、目の前にコイの標本があったとしても、それがいつ、どこで採集されたものなのかがわからなければ、研究資料としての価値は大きく限定される。
しかし、その標本が何年に、どの場所で採集されたものなのかがわかれば、過去の自然環境を示す証拠となる。さらに、同じ場所や同じ時代に採集された他の標本と比較することで、当時の生物相や環境の変化を読み解くことができる。
標本は、記録と結びついて初めて、その力を発揮する。
標本単体ではなく、記録と結びつくことで見えてくる価値には、どのようなものがありますか。
中江雅典研究主幹:自然史標本で大切なのは、いつ、どこでとれた何かということです。
例えば、ここにコイの標本があるとして、それだけでは価値が十分ではありません。それがいつ、どこで採れたコイなのかが明らかになることによって、標本の価値が出てきます。
──標本ラベル、台帳、目録、移管記録。これらの記録資料は、標本に時間と場所の情報を与える。記録があることで、標本は単なる保存物ではなく、過去の自然を証明する資料となる。
標本の来歴研究とは、失われかけた記録をたどり、標本の価値を回復していく作業でもある。

第5章 東京帝室博物館 天産部別品目録が伝える標本の移動
中江研究主幹の研究において重要な役割を果たしている資料のひとつが、東京帝室博物館の天産部別品目録である。
天産部とは、動物、植物、鉱物などの自然史標本を扱う部門を指す。この目録には、明治後期から大正期にかけて存在した東京帝室博物館において、どのような自然史標本が保管されていたのかが記録されている。


東京帝室博物館 天産部列品目録と標本の流れ
魚類標本は、教育博物館、帝国博物館、東京帝室博物館へと受け継がれ、制度の変化や機関の再編の中で移動してきた。1923年の関東大震災では標本の一部が失われる一方で、多くの標本が別の機関へ移され、その後の国立科学博物館のコレクションへとつながっていった。
現在、国立科学博物館には標本そのものに加え、台帳、目録、ラベルといった記録資料も残されている。東京帝室博物館天産部別品目録は、標本の所在と移動、そして受け継がれてきた歴史を今に伝える重要な資料である。
この標本群に初めて向き合われた際、どのような印象を持たれましたか。
中江雅典研究主幹:最初にこの標本群に向き合った時は、特に研究目的ではなく、標本整理などで触れていました。
ただ、学習院の当時高校生だった渡邊さんという方が、学習院に古い標本があるので一緒に調べたいという話をされた時に、改めて見直して、その価値に気づき始めました。
天産部別品目録の魚類とは、どのような資料なのでしょうか。
中江雅典研究主幹:正確には、帝国博物館、そして東京帝室博物館にあった魚類標本の台帳です。関東大震災を経て国立科学博物館に移管された標本群の中に魚類の標本が含まれており、その魚類標本の詳細が記録されています。
この資料は、魚類標本の来歴をたどる上で、なぜ重要なのでしょうか。
中江雅典研究主幹:日本の博物学の黎明期の中で、特に自然史標本、その中でも魚類標本がこれだけまとまって日本に残っているものは、この天産部標本だけと言ってもいいのではないかと思っています。
その意味で、非常に価値があるものだと考えています。
標本ラベルや台帳と比較した際の特徴や役割について教えてください。
中江雅典研究主幹:標本庫で標本を見る時には、古い標本があるだけだなと思うかもしれません。
しかし、標本ラベルを見ることで来歴がわかり、さらに台帳を見ると、より詳細な情報がわかることがあります。
両者が矛盾する時には、どちらが正しいのかを確認するという意味でも、大切な資料だといえます。
東京帝室博物館 天産部別品目録は、標本の名前や数を記しただけの資料ではない。標本がどのように移動し、どのような機関を経て現在まで残されてきたのかを知るための重要な手がかりです。

第6章 標本の履歴はどのように調べるのか
標本の来歴研究では、ひとつの資料だけを見て結論を出すことはできない。
標本ラベル、台帳、目録、移管記録、当時の決裁資料などを照合し、情報の矛盾や欠落を確認しながら、標本がたどってきた道筋を少しずつ明らかにしていく。特に、複数の機関をまたいで移管された標本の場合、国立科学博物館、東京国立博物館、学習院など、それぞれの機関に残された記録を比較する必要がある。
来歴研究は、標本そのものと文書資料をつなぎ合わせる、地道で緻密な作業である。
標本の履歴は、どのような手順で調査されるのでしょうか。
中江雅典研究主幹:まずは標本ラベル、もしくは台帳を確認して、いつ採集された何なのかを確認します。
その上で足りない情報があった場合には、図書室などにある昔の決裁資料などによって、標本が移管されたり移動したりしていないか、どのような来歴をたどってきたのかを調べることがあります。
目録、台帳、ラベル、移管記録は、どのように照合されるのですか。
中江雅典研究主幹:一番大切というか、原本にあたるのが、天産部別品目録の魚類です。基本的にはこれは台帳にあたります。
自然史標本では、やはり台帳が一番大切です。
それと標本ラベルが矛盾しなければ問題ありません。矛盾している場合や、移管された履歴がある場合には、インボイス、つまり標本の貸し借りの記録、あるいは昔の標本の移管・譲渡に関する決裁記録を参照します。
学習院高校・学習院中等科コレクションから標本ラベルと標本から来歴を復元
国立科学博物館、東京国立博物館、学習院など、機関をまたぐ標本の移管履歴はどのように明らかになるのでしょうか。
中江雅典研究主幹:これらの機関に残されている当時の移管記録や決裁資料を見ることによって明らかになります。
──標本の履歴は、標本そのものにすべて書かれているわけではない。ラベルに残された短い情報、台帳に記された番号や名称、移管記録に残る断片的な記述。そうした情報をひとつずつ照合することで、標本の移動の歴史が見えてくる。


第7章 石川千代松の琵琶湖魚類標本が伝える130年前の自然
ここからは、先人の残した魚類標本が、現代の研究へとどのようにつながっているのかを見ていく。その中心にいるのが、日本の近代動物学を切り開いた研究者のひとり、石川千代松である。

石川は1895年に琵琶湖を調査し、日本人として初めて淡水魚の新種ゼゼラを記載した人物として知られている。石川が残した琵琶湖産の魚類標本は、現在、数多く国立科学博物館に受け継がれている。
これらの標本は、130年前の琵琶湖にどのような魚がいたのかを知るうえで、きわめて重要な資料である。中江研究主幹は、琵琶湖博物館の研究者とも協力しながら、この石川コレクションをもとに研究を進めてきた。
石川千代松の琵琶湖魚類標本コレクションから、どのようなことがわかるのでしょうか。
中江雅典研究主幹:まず確実なのは、当時の魚類相がわかる(推測できる)ということです。
そして、どの地点でどの魚類がとれているかも詳細にわかってきます。そうすると、
今はいない魚がいたので、当時はこんな環境だったかなど、当時の岸辺の環境もわかってくると理解しています。

石川千代松の琵琶湖魚類標本コレクションは、現在の研究や保全にどのような意義を持っていますか。
中江雅典研究主幹:石川千代松が収集した魚類コレクションからは、当時こういう魚が琵琶湖にいたのだと推測することができます。
ただ、この魚類コレクションが無くても推測はできますが、やはり標本という証拠をもって、こういう魚類が実際に琵琶湖にいましたよと示すことが一番重要だと思っています。
今はもういなくなったタナゴ類などが豊富にいたこともよくわかります。

石川千代松が収集した魚類標本は、現在どのような価値を持っていると思いますか。
中江雅典研究主幹:いくつか価値がありますが、ひとつは、当時たくさんの魚類を採集したことです。
そして、その数の多い標本を当時の方々、あるいは途中の時代の方々がしっかりと継承して、現代、もしくは未来の人類がアクセスできるというところに非常に価値があると考えています。
──石川千代松の標本コレクションは、過去の魚類相を示す証拠であると同時に、標本を残し、守り、引き継いできた人々の意志も引きつでいる。

130年前の琵琶湖を知るための資料が、現在も研究に使われている。その事実は、標本が長い時間を越えて価値を持ち続けることを示している。
第8章 シロヒレタビラ標本が示す過去の生態系と博物館史
標本の価値は、種名や採集地を確認することだけにとどまらない。
魚類標本の場合、胃内容物を調べることで、その魚が当時何を食べていたのかを知ることができる。また、体に残された寄生虫の痕跡から、かつて存在していた生物同士の関係を知る手がかりが得られることもある。
明治時代に琵琶湖で採集されたシロヒレタビラの標本は、過去の魚類相だけでなく、当時の生態系を読み解くうえでも重要な意味を持っている。


シロヒレタビラの標本は、本研究においてどのような意味を持つのでしょうか。
中江雅典研究主幹:このシロヒレタビラの標本には、まず古い標本としての価値があります。130年前の当時の琵琶湖にいたということがわかりますし、胃内容物を見ることで何を食べていたかもわかります。
特にこの標本が面白く、価値があるのは、これは私自身の研究ではなく、北海道の研究者の方のデータに基づく情報ですが、この標本の体にはタナゴヤドリムシの仲間が寄生しています。
ただし、このタナゴヤドリムシは、高度経済成長期以降の琵琶湖やその周辺から得られたタナゴの標本からは出てきません。
つまり、それ以前にはこのタナゴヤドリムシの仲間が琵琶湖にすんでいたけれども、高度経済成長期以降には見られなくなったということです。
それが明らかになったのは2000年代に入ってからです。
このシロヒレタビラの標本は、標本が過去に遡って当時の自然環境を明らかにし、場合によっては固有種や絶滅した生物の存在を示し得るという、とてもよい例だと考えています。
─シロヒレタビラの標本は、魚そのものの記録であると同時に、かつて琵琶湖に存在した寄生虫や、生物同士の関係を伝える資料でもある。標本がなければ、こうした過去の生態系の痕跡を知ることは難しかったかもしれない。
さらに、この標本にはもうひとつの重要な意味がある。それは、130年の間に保管場所が変わりながらも、その来歴をたどることができるという点である。

さらにこの標本は、130年の間に保管場所が変わっても、その来歴が追える貴重な標本でもあります。その点について教えてください。
中江雅典研究主幹:このシロヒレタビラの標本は130年前に採られました。
面白いのは、昔は東京教育博物館に収蔵・保管されていたことです。それが国立科学博物館の歴史とも重なりますが、帝国博物館、東京帝室博物館に寄贈され、その博物館で収蔵されていました。
しかし関東大震災を機に、国立科学博物館の当時の標本がかなり焼失したということで、東京帝室博物館から標本が移管されました。
その移管された標本の中にこのシロヒレタビラがいて、今につながっています。
科博の前身である東京教育博物館から、現在の東京国立博物館につながる帝国博物館・東京帝室博物館に移管され、さらに科博に戻ってきた。
明治、大正、昭和の自然史標本の流れの中で、いろいろな機関に保管されながら現在に続いてきているという意味で、価値のある、面白い標本だと考えています。
──シロヒレタビラの標本は、過去の琵琶湖の自然環境を伝えると同時に、日本の博物館における標本移動の歴史を物語る存在でもある。ひとつの標本が、生態系の記録と博物館史の両方を語っているのである。

第9章 読めない文字、消えた記録。それでも標本の履歴を追う
標本の来歴研究では、すべての記録が完全に残されているわけではない。
採集日や採集地が不明な標本もある。残っているはずの資料が失われていることもある。古い手書き文字が読みにくかったり、当時の地名が現在のどこにあたるのかを特定するのが難しかったりすることもある。
来歴研究は、断片的な情報をひとつずつ拾い上げ、確実なところまでたどっていく作業である。
資料調査を進める上で、最も困難な点は何でしょうか。
中江雅典研究主幹:ひとつは、関連情報が残っていないことです。
そもそも、いつ、どこで採れたかがわかっていないものもあります。本来はより詳細な情報が残っていてもおかしくないのに、資料が残っていない場合には情報を追えなくなります。
あとは、これは私の実力の問題もありますが、当時の手書きの字が非常に読みづらいこと、そして書かれていた地名が実際にどこなのか追い切れないことにも難しさを感じました。

記録の欠落や表記の揺れに直面した場合、どのように判断されるのでしょうか。
中江雅典研究主幹:記録に欠落がある場合には、情報が確実なところまでは遡ります。それ以上わからなければ、そこから先は追えないとして資料に記録しておきます。
表記の揺れも同様です。明確に昔の方の個人的なヒューマンエラーだとわかった場合には補完しますし、補完しきれない場合には、この可能性が高いけれども保留という形で資料に残します。
後世に誤解を与えないところで止まる。ただし、わかるところまでは確実に情報の精度を上げるという意味で、補完を試みます。
──来歴研究では、わからないことを無理に断定しない姿勢が重要になる。確実にわかる情報と、可能性として考えられる情報を分け、誤解を生まないように記録していく。
その一方で、標本と記録が結びつき、曖昧だった履歴が明らかになる瞬間には、大きな手応えがある。
標本と記録が結びつき、履歴が明らかになる瞬間には、どのような手応えがありますか。
中江雅典研究主幹:自然史標本は、いつ、どこで採れた何かという情報が大切ですし、その数も大切です。
多ければ多いほど、当時の自然環境がわかるという意味で重要です。
ある古い標本が、例えば100年以上前のものとしかわからなかったとします。
それが台帳や過去の関連資料を参照することによって、100年前ではなく、実は130年前の標本だったと正確にわかる。そうすると、その自然史標本としての価値が上がります。
標本の価値を高めることができたという点で、手応えを感じます。
──標本の履歴が明らかになることは、単に情報が増えるということではない。標本の研究資料としての価値が高まり、過去の自然をより正確に読み解くことが可能になるということである。
来歴研究は、標本の価値を再発見し、未来の研究へつなぐ作業でもある。

第10章 標本を守り、未来へ引き継ぐということ
現在、研究に活用している標本や記録は、過去の研究者や収集者、博物館関係者たちによって残されてきたものである。
誰かが採集し、誰かが記録し、誰かが守り、誰かが次の世代へ引き継いできた。その積み重ねがあるからこそ、100年以上前の自然環境や研究史を、現代の視点から読み解くことができる。
標本を残し、守り、引き継ぐという営みは、未来の研究へとつながる重要な基盤である。
記録を残してきた先人たちに対して、どのような思いを持たれていますか。
中江雅典研究主幹:やはり尊敬しかありません。それが本当に正直な気持ちです。
自然史標本も、採った人がいなければありません。そして、残した人がいなければありません。それは標本も資料も一緒です。
よくぞこれを残してくださった。だから現代の我々がアクセスでき、新たな情報を見つけることができる。その点では尊敬しかないです。
残す、守る、引き継ぐという営みは、現在の研究にどのように関わっているとお考えでしょうか。
中江雅典研究主幹:分類学でもそうですが、標本が採集され、残され、引き継がれたからこそ、今研究できます。魚類の研究も同じです。
さらに最近は、サイエンスミュージアムネットやGBIF、(Global Biodiversity Information Facility)、日本語では地球規模生物多様性情報機構を通じて、標本そのものだけでなく、その標本がいつ、どこで採られた何かという膨大な生物多様性情報に、インターネットを通じて誰でも無料でアクセスできます。
そこから新しい研究ができる。そして、そういう研究がまた参照されて次の研究を生んでいく。
標本を守り、引き継ぐ営みは、現在にも脈々と引き継がれていると考えています。
──標本は、博物館の収蔵庫に保管されているだけのものではない。データベース化され、国内外の研究者や市民が情報にアクセスできるようになることで、新しい研究や教育、保全活動へと広がっていく。
標本を守ることは、未来の研究の可能性を守ることでもある。
今後、標本や記録を残していくことは、将来の研究にとってどのような意味を持つとお考えですか。
中江雅典研究主幹:自然史標本の価値は、現在の科学ではわからないことでも、技術が開発されることによって、過去に遡って新しい研究ができる可能性にあると思っています。そこに非常に価値と魅力を感じています。
例えば、国立科学博物館には登録番号5番という、130年以上前に宮古島で採集されたヒトヅラハリセンボンの標本が非常にいい状態で残っています。

これは東京帝室博物館にも一時期保管されていた標本ですが、現在でも棘が痛いくらいしっかりと残されています。
もしそこから特定の物質を見る研究・技術が開発されれば、過去に遡って新しいことがわかるかもしれません。
あるいは、今、単純にお腹を開いて内容物を見るだけでも、当時の宮古島にどのような無脊椎動物がいたかがわかる可能性があります。
未来の技術で、今までできなかったことを明らかにできる。それが標本を引き継ぐ魅力だと感じています。
そして大切なのは、私が130年前の標本を使って研究したとしても、消費するだけではだめだということです。
今の自然環境を切り取った標本を後世に残すという意味では、博物館は残すだけではなく、今の標本も集めて、それを新しく引き継ぐことが非常に重要だと感じています。
──過去の標本が現在の研究に役立っているように、現在の自然を記録した標本もまた、未来の研究にとってかけがえのない資料となる。
標本を残すことは、今の自然を未来へ手渡すことである。
おわりに 標本は人類共通の財産である
標本は、一部の研究者だけのものではない。
博物館や大学の研究に使われるだけでなく、教育、保全、地域の自然史の理解、そして未来の科学に役立つ可能性を持っている。
正確なデータとして整備され、必要な手続きを経て利用され、インターネットを通じて情報が共有されることで、標本は社会全体の知的財産として活用されていく。
みなさんに最も伝えたいことを、最後にお聞かせください。
中江雅典研究主幹:この研究を通して、標本というのは展示用だけではないということを伝えたいです。
そして、博物館や大学の研究者のためだけのものでもありません。
私は博物館の職員なので標本にアクセスしましたが、実際には、こういう標本はインターネットを通じて情報にアクセスできたり、正式な申請を通じて様々な利用が許可されたりするものです。
一部の研究者のためだけではなく、日本国民、あるいは世界共通の、人類の宝として引き継ぐものが標本です。
そのことを伝えることが、非常に重要なモチベーションになっています。
──と締めくくっていただいた。
標本は、過去の自然を知るための資料であり、現在の自然を記録するための手段でもあり、未来の研究へ可能性を残すための財産でもある。
明治期から集められた標本は、多くの人々の手によって守られ、記録とともに現在まで受け継がれてきた。そこには、当時の自然環境や生き物たちの姿、そして自然史研究の歩みが刻まれている。
標本は、一部の研究者だけのものではない。人類共通の財産として、未来へ引き継がれていくものである。
国立科学博物館に残る魚類標本は、長い時間を越えて現在まで受け継がれてきた。
その標本には、採集された時代の自然環境、魚類相、生態系の痕跡、そして標本を守り続けてきた人々の営みが刻まれている。
中江雅典研究主幹の来歴研究は、標本そのものと記録資料を結びつけ、失われかけた履歴を読み解く研究である。そこから見えてくるのは、標本が単なる保存物ではなく、過去と現在、そして未来をつなぐ自然史の証拠であるということだ。
明治時代の琵琶湖で採集された魚類標本は、130年前の自然環境を現代に伝えている。シロヒレタビラの標本は、当時の生態系や寄生虫の存在を示し、同時に博物館をまたいで受け継がれてきた標本の歴史も物語っている。
そして、現在残されている標本もまた、未来の研究者にとって新たな発見の入口となるかもしれない。
標本を残し、守り、引き継ぐこと。それは、過去の自然を知るためだけでなく、今の自然を未来へ伝えるための営みである。
時をめぐる標本は、これからも自然史研究の最前線で、新たな発見を支え続けていく。
・協力国立科学博物館
https://www.kahaku.go.jp/
国立科学博物館 動物研究部 脊椎動物研究グループ
・参照サイト
魚類コレクションの歴史と現状
https://www.kahaku.go.jp/research/db/zoology/uodas/collection/collection/
・関連論文
学習院コレクションに関する論文
渡邊明仁・中江雅典(2024)学習院高等科・学習院中等科のコレクションから発見された日本最古の魚類剥製を含む東京帝室博物館旧蔵の魚類標本群.タクサ,57: 18–27. https://doi.org/10.19004/taxa.57.0_18
明治中期の魚類相に関する論文
川瀬成吾・中江雅典・篠原現人(2022)石川千代松が収集した魚類標本から見る明治中期の琵琶湖の魚類相.Ichthyological Research 70(2): 147–159. https://www.jstage.jst.go.jp/article/jji/70/2/70_22-028/_article/-char/ja (閲覧日: 2026-05-28)
・関連動画
【国立科学博物館】時をめぐる標本 ― 明治魚類標本が語る自然史の物語 国立科学博物館 動物研究部 中江雅典研究主幹 インタビュー
https://youtu.be/ew7Ft_WNRBE
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